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透析をしている私が聖の青春を読んで。【減塩コラム】

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(Posted by  岡本サトル 無塩ドットコム代表/減塩料理研究家) もう見られた方おられますか? 私も、小説で読んだのですが、特に将棋には興味はなかったんですが、腎臓病をわずらい、早くに亡くなった方だと聞いて、読んでみようと思い購入し読みました。 内容的には、主人公、村山聖という天才棋士が幼い頃から、腎臓病(ネフローゼ)にかかり、病気に苦しみながら、将棋に人生をかけて、若くして癌でなくなる という半生を描いた作品です。 やはり、将棋に関しては自分は詳しくはないので、なんだか病気のほうの辛さに共感してその体、気持ちやしんどさ、が自分のことのように読みながら伝わってきました。 幼少期、元気だった 子供が突然高熱をだし、寝込むというのを繰り返し、近所の病院に行くが、ずっと風邪でしょうと言われ続けて、さすがにおかしいと思った親が、大きな病院につれて行くとネフローゼであると診断されるとのことでしたが、やはり、今も、昔もほんと町医者って信用できないなーなんて思う。 私も、緊急透析で入院する直前まで、病院の医者には風邪ですねー、様子を見ましょうを何回も言われて ホント体は命のギリギリの状態だったもんねー。風邪薬処方され続けてもよくならず、 血液検査してくれって言ってやっとわかるというなんとも適当な診断され続けた。 小さい頃の俺もに尿タンパクがおりて、熱と体のだるさで検査入院ってのがあって、俺の場合もネフローゼ に近い症状が一時あり、親もパニクっていたことも思い出します。 村山聖本人もかなり辛かったようですが、ご両親もかなり病気に翻弄されていたようです。 広島出身の村山聖が中学生から親元を離れて、大阪の師匠のもとに弟子入りをし、そこで生活していくのですが、そういうのもすごいですよねー。 私が中学の時なんてなんも考えてなかったもんね。。 師匠と住むこととなり、舞台となるのが、大阪福島区。 そこには、関西将棋会館という大きな試合も行われる有名な場所らしいんですが、 私、まだ会社に勤めていた数年、緊急透析となったあのころ、この大阪福島区の関西将棋会館の隣のマンションにすんでたんですよねー。よくそういえば、テレビの取材がきてたなー。笑 懐かしい。 なので、舞台がすごく短かなところでなんだか親近感わきました。 村山聖は常に、病気の影響で高熱をだし寝込むというのを繰り返します。 時には、高熱なのに大事な試合はでないといけないとはってでも行くという辛さ。 家をやっと出ても、道ばたで倒れ込んで動くこともできずに、通りかかった業者のかたに軽トラックで将棋会館まで運んでもらうということが、何度もあります。 体がしんどくても行かなければならないという辛さがすごく伝わってきて、想像すると胸が痛くなります。 読んでてなんだか、違和感をすごく感じたのは、病気のしかも中学生の生活環境の管理がされてないことに違和感を感じました。 まだ、健常者ならともかく、病院からもきつく食事管理が必要なことも伝えられているはずですが、 師匠も男の一人暮らしで自炊はいっさいせず、常に村山聖と食事は外食。 部屋の掃除、お風呂もほとんどはいらず。まあ、それは、いいとしても将来のことも考えても、特にこの病気は食事管理が大事でしょうに。。 本人も元気ではないわけですし。。。 親も、知ってはいても、まかせっきりな印象。。 確かに、村山聖自体が、読み進めるうちに頑固でそういうことを拒否するということもわかるんですが、 病気の子供に関しては体のことが心配で本人がなんと言をうと、食事などの管理は俺なら絶対するなー なんて思いました。。 多分、そんな体なら、一人暮らしもさせれないでしょうね。。うちの親も私がそういう状況で将棋の為に大阪出たいって言っても許してはもらえてなかったと思います。 でも、そうじゃない、本人の思うようさせてあげると環境がこのような天才を生み出せたのだなとも思ういます。 ただ、ただですよ、せめて、本人、師匠にも病気の大変さ、食事管理の重要性を常に説いて気を配れてたらなと思いました。 その後も物語は、この高熱を繰り返し病気と戦いながら、将棋でランクをあげていき、『西の村山、東の羽生』と言われるまでのぼり詰めていくのです。 なんどか、緊急入院も繰り返します。 その病院も俺が、緊急入院した病院と同じ住友病院。あの病院かーー。 そして、村山聖27歳の時に、東京で暮らしていて血尿が出始め、何日も続くので東京病院で診察を受けると、「精神的なもんじゃないですかねー?」なんて言われ、精神性のもので心配ないと診断をうける。。 なんとも、適当。。 今じゃ、考えられない。。 あの当時はそんな環境だったのか?? でも、村山本人は、もっと酷い病気になったんではないかと自覚していたらしい。。 そして、翌年、相変わらず体調の悪い日を過ごし、翌年周りの薦めで、病院で精密検査をお願いして、腎臓は1つは、もう機能しておらず、もう片方も、アウト寸前で、膀胱癌だとわかる。 そのころ、生まれ故郷の広島に帰り、入院生活を送る。 村山は手術を拒み続ける。。余命が短くなっても病気を受け入れて最後まで生きるという。 最後には、周りの説得で手術受けるも、癌も転移してなくなるんですが、末期も痛み止めなども拒否し続けて苦しみながらも、必死に棋士復帰への夢を見て、29歳という若さで亡くなるという話でした。 癌もわかり、体調悪い中、ホテル祝賀会のスピーチをまかされておりフラフラしながら向かう途中、友人に会い、「村山さん、体調悪いんですか?」と尋ねられる。 そこで、村山は『いや、体調がいい日なんて今までにないんだよ』って答えるシーンがあるんですが、 その、言葉はなんだかすごく響きました。。。。 病気になって、最後までずっと人生、体調悪かったんだなーって。。。 元気に、飲み明かしたり、行動してる日もきっと、周りから見れば元気に見えてたんだろうが、ただ、体調がマシな日であっただけで、ずっと体調しんどいままだったのだと。。 胸が痛くなりました。 この物語中に、村山聖の師匠は宝塚の方と結婚して宝塚の清荒神に住まれるのですが、私もまさに、今宝塚の清荒神に住んでます!びっくり! 阪神大震災が起こり被災されてます。 あの頃私も、自宅がめちゃくちゃになり大変だったのを思い出しました。 同じ腎臓病をわずらわれての話だと聞き、興味をもち小説を読みましたが、やはり個々それぞれの、病気と共の生き方、出会い、人生の考え方があるんだなと考えさせられました。 本来は、将棋のことが中心にいろいろ描かれているんですが、将棋のことはあえてふれずに、病気の視点で感想書きました。 よかったら、皆さんも読んでみてくださいね! 今やってる映画でもいいし笑 村山聖役の松山健一さん、 羽生名人役の東出さんは本人そっくりだったみたいですしね!